繭一粒一粒(いちりゅう)には、蚕が一生懸命につくりあげた物語があります。
昔、製糸場(せいしば)の人たちは、操糸する工程でどうしても最後まで糸が引けない繭を慈しんで「こぼれ繭」と名付けました。
人にも自然素材にも優劣はありません。今までは、均一で美しいものだけが選ばれ使われてきましたが「こぼれ散る」ものに目をかけ、愛情を持って『カタチ』のある製品をつくるやさしさから「人やもの」を思いやる心が生まれるのだと思います。
上州富岡産繭を使って革製品そっくりに加工した 「擬革繭(ぎかくまゆ)」が誕生しました。
擬革繭とは、革に擬(なぞら)えて命名いたしました。今や希少価値となった高価な国産生糸でもつくることはてきますが、工業的には利用されない原材料に着目し、有効利用をしようと考えました。繭から生糸を操糸していく中で、どうしても最後まで糸が引けない繭を『こぼれ繭』と名付け、 富岡製糸場内体験座繰り生糸やキビソ、でがら繭などあらゆる副蚕糸の材料を用いた革の代替製品(擬革の小物類)の開発に取り組んでおります。
繭(絹)を原材料とした擬革製品は、シルクの新たな用途としての可能性を示すものであり、エシカルな消費につながるものであると確信をしております。 また、本来は工業的に利用されない原材料を使用することからも廃棄物利用のSDGsとの取り組みにマッチングするものと思っております。
擬革繭の最大の特徴は、素材が繭そのものということです。繭(シルク)は外界の環境の変化や外的から蚕のさなぎの命を守るばかりでなく、さなぎが呼吸をして出す二酸化炭素をすばやく放出し、新鮮な酸素を取り入れる働きをしています。そうした機能は繭を繊維にしたシルクにも受け継がれており、その成分は人の皮膚を作っているタンパク質にとても近い構造を持っています。“生命維持装置”としての役割のある繊維だからこそ、人の肌にやさしいさまざまな特徴を備えているのです。
20年程前に私の父が、蚕糸・昆虫農業技術研究所(現/農業生物資源研究所)と繭に付着した微生物の共同研究をしていた頃に、ある先生から「蚕繭類の新規利用に関する研究」という本を頂いた。
内容は、昭和初期から第二次世界大戦中において外国からの輸入が困難になった綿・羊毛や、国内で入手が難しくなった皮革類に代わるものとして、繭糸・生糸類で代用するための素材開発が行われ数々のものが実用化された。国産テグス、繭毛羽の利用、平面繭、絹毛生糸、絹短繊維特殊生糸、再生絹糸、絹の新製品など絹を利用し実際に生活に活かされたことなどが紹介されている。
その本の中に「絹革製造法」という、たった五行の説明しかされていないこの「絹革」という二文字になぜか釘付けになる。説明には、「繭層また絹屑をラップ状の精梳綿とし、膠などからなる糊を付着し…」あまりにも説明文は少ないのですが、絹から革が造れるのだという。それが今から75年前(昭和19年)に研究されていたこと、どうしたら『絹の革』をつくることができるのかが、私のテーマになった。
地球環境の負荷を考えてのものづくりであれば、国産生糸の利用については、もう少し慎重でなければならないと考えます。今や希少価値となった高価な国産生糸でつくっても、消費者からはあまり感動もされないのではないでしょうか。
一般的にこうしたものづくりの物語は、捨てられているもの、忘れさられていた技術などのノスタルジーに共感するのだと思います。価格も比較的安い副蚕糸などを利用してのものづくりができるのではないかと考えました。ただし繭原料の入手が困難になってきた現状(製糸工場、養蚕農家の激減など)での副蚕糸の調達をどうすればいいのだろうか…我が家は曽祖父の代から糸繭商を100年余り続けております。その関係から日本各地の蚕糸・絹業会社から取引量は少なくなったとはいえ、まだまだ副蚕糸が手に入ります。ですが、今後のことを考えますと、繭(絹)原料の循環を早く軌道に乗せなければとの焦りから、失敗の連続を繰り返しておりました。それがようやくカタチになり始めてきたのが昨年、そして今、[繭Reborn]が生まれました。リデュース、リユース、リサイクルなどのRe(リ)の循環型社会がキワードになる時代がやってきました。
◆リデュース(Reduce)…無駄なものは買わない、ゴミを出さない、買ったものは長く使う。
◆リユース(Reuse)…ゴミとして捨てるのではなく、再利用する。
◆リサイクル(Recycle)…不要なものを、もう一度資源に戻して、新しいものを作る原料にすること。
◆リバース(Reverse)…逆にすること。反対方向へ動かすこと。
◆リボーン(Reborn)…生まれ変わること。再生。
[繭Reborn]を推し進めるのには絶対に必要不可欠な機械がありました。その機械の名前は『梳綿機りゅうめんき』といいます。この梳綿機は、別名カード機とも呼ばれ、本来の使用方法は羊毛や綿などの短繊維をカード(混紡)する為のものであり、繭(シルク)のような長繊維は、もともとが不向きの機械でした。(長繊維の繭糸がカード機のドラムに絡みついてしまう)半ば諦めかけていた昨年の二月初冬、何種類かの副蚕糸を合併しカードをしている中で、偶然に黄金比率なるものを見つけました。それからは安定して擬革がつくれるようになりました。
次は染色をどうするか?擬革繭に一番相性がいい染料は何か?その答えは最初から決まっておりました。それは柿渋でした。
柿渋のタンニンが繭のタンパク質を固着させる収斂作用が働き、繭と柿渋は本当に良き相棒です。
柿渋染めの色合いの優しさや繭(絹)の手ざわりの温もりを感じてみてください。染色方法も染料の分量も全く同じで作っても、完成した生地の風合いや質感がどれも皆微妙に違うので、それこそ同じものができません。これが擬革繭の不思議なところです…
革の製造に関しては環境に多くの負荷があることを知り、そのオルタナティブとして擬革繭の研究開発に取り組みました。
【皮を鞣すのに多くの薬品とその薬品を洗い流すのに大量の水が必要である。
(天然皮革製品の殆どは、食肉用途の家畜(牛、馬、豚、羊、山羊)の皮から製造され、それ自体がReduceの役割をになっているのですが、食肉産業から原料として提供される塩蔵皮1,000kgから最終製品となるのは165kgに過ぎず、大量の固形廃棄物や裁断屑を生み、更には塩蔵皮1,000kgあたり40tの排水が処理工程て発生しています。/ネットからの引用)】
世界中の人々が幸せになれるファッションってなんなんだろうって思うようになりました。動物にも、植物にも、人にも、地球にも、できるだけ負担を掛けたくない。
繭家の擬革繭の特長は、副蚕糸をリユース(Reuse)できること。そして最大の利点は、擬革繭は薬品処理も大量の水も使わない。まさに地球環境に優しい人工皮革です。
シルクの持つ機能性の保湿、肌触りの良さ、光沢、エレガントなどを併せ持った世界にただ一つの擬革を楽しんでください。最後に、擬革繭でつくったものは、とにかく軽くて天女の羽衣のようです。
そして、シルクはスモールイズビューティフルです。
【擬革繭原料について】
「キビソ」は、生皮苧と書き、緒糸(ちょし)とも呼ばれます。繭から生糸を引き出す際、まず糸口を見つけます(索緒)その時に繭の上層部の上等な糸にならない部分が取り除かれます。それを集めて糸にしたものが「キビソ」です。
「繭わた」は、でがら繭を煮て解したものです。
「でがら繭」は、糸が最後まで引けなかったこぼれ繭や中繭、薄皮繭、穴あき繭などの総称です。
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